幾千の想いを






「ねぇ…国光?何か云いたい事があったんじゃないの…?」


三年が引退するその日、手塚は恋人であるリョーマを呼び出していた。

リョーマはいつもと違う手塚の態度に、どう接すればいいのか困惑気味だった。


「…リョーマ。お前、俺が居なくなったらどうする?」

「何、それ?部活から居なくなるって事…?」

「……俺が、日本から…だ」


手塚が何を言っているのか、その時のリョーマには理解出来なかった。

今までそんな事を話した事はないし、何かの例えなのだろうと思った。


「…どうするかな…。寂しい〜って泣いちゃうかも?」

「……そうか」


手塚は一呼吸置くと、リョーマの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「それが本当なら…俺はお前を泣かせる事になる」

「…え?」


何が云いたいのか、リョーマには全然理解が出来なかった。

その後は何を問いただそうとも、手塚は答える様子がなかったからだ。


「国光…」

「…………」


その出来事から一週間後の事だった。手塚が渡米したのは…。

発つその日、リョーマへの連絡は何も無かった。

そう…リョーマ以外の仲間は、皆知っていて…そして見送りに行ったというのに。

リョーマがその事を知ったのは、その日の翌日。

リョーマだけ見送りに現れなかった事を不審に思った大石が、電話で教えたのだ。


「何で…俺には教えてくれなかったの…?国光…」


その時のショックが大きかった所為か、リョーマはその後何もする気力が無くなってしまった。

新部長となった桃城も、リョーマがテニスをしなくなった事に手を焼いているのだった。


「おい、越前。いい加減テニスやろうぜ?」

「放って置いて下さいよ、桃先輩…」

「そんな事してても、手塚部長は悲しむと思うぜ」

「あの人の名前を出さないでよっ!国光なんて……!!」

「…悪い」


リョーマの頭をポンポンと叩いた後、桃城はコートに入って行った。

部長になったからには、リョーマ一人を構っている訳にはいかないのだ。


(桃先輩が悪い訳じゃないんだ…。国光が…悪いんだ…!)


何度泣いたか、もう判らない。

何度思い出したか、数え切れない。

それだけ想っているのに…自分から離れていった手塚。

その感情は既に恨みに近いものがあった。


「おい、越前〜!軽くで良いからラリーやろうぜ!!」

「…桃先輩…。うぃーす」


もうどうでもいいや。

そう思うと、考える事が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

…やっと、テニスをする気力も湧いてきた。


「もう…いい。あの人の事は…忘れよう」


自分を捨てた男だ。…ならば、自分の為になるように忘れよう。

もう一度テニスが出来るように…。

もう二度と…悲しむ事のないように…。